時間という循環

2010 年 3 月 10 日

ある新聞で時間の感覚について興味深い
記事を読みました。
循環の家のコンセプトに通じるものを感じま
したので、ここで紹介してみたいと思います。

1、インド哲学や仏教の輪廻の思想
原始的な共同社会では、時間は太陽の
動き、季節の循環のように「繰り返す」
もので「時がたつ」という感覚がなかった
と言われています。
インドやギリシャ文明では、時間を「円」
のように回るものと、とらえられていました。


「円相」:禅僧が禅の思想を端的に示す
手段として描く円。
時間が循環であることを示す図形。

2、キリスト教や近代西欧文明の時間の感覚
時間は右肩上りの線分のイメージでとらえら
れています。旧約聖書にある「天地創造」に
よって世界は始まり、「終末」によって歴史は
終わるという考え方です。この始まりから
終わりに向かって一方向に流れる時間、
これが現代人の時間感覚の基本にあります。

「循環の家」の設計コンセプトを考えました。

2010 年 3 月 9 日

「循環の家」はどのような家がいいのだろうか。
長年設計をしてきましたが、必ずそこには家族の顔がありました。
今回は、アトリエデフのモデルハウス。
具体的な家族の顔が見えません。
よって生まれてくる間取りも空間の質も雲をつかむようでした。
なかなかスケッチブックに鉛筆を落とせない。
そんな悶々とした時間が過ぎていきました。
このロダン・オーギュストの「考える人」のように。

         
1、集まる。集う(つどう)。
具体的な家族が見えないなら、アトリエデフのスタッフや
デフに集まってくる人々を大きな「家族」に
例えたらどうだろう。と考えました。
そう思った瞬間からアラジンの魔法のランプのように、
イメージがわいて出てきました。
そして以下のようなコンセプトを考え整理しました。


民家の間取り
民家は「家族がだんらんする」というよりも農作業を
行う大きな小屋であった。もともとは板の間も畳の間もなく
土のままであったのだろう。
やはりここでも特定の家族という意識は弱く、
「近隣の人達が集まって作業する場所」であったのでは
ないかと考えられます。
2、「たおやかな家」であること
大井みのりさんから頂いた「循環の家」のイメージの言葉
3、「時間」という「循環」
僕が思う「循環」とは時間です。
朝が来て昼になり夜になりまた朝が来る。
この当たりまえのことが繰り返されます。
人だけではなく鳥や虫にも、
地球全体で同じように繰り返されます。
これに気がつくと、
すごく偉大なことのように思えます。
4、日常を見つめる
この時間の流れをを家に置き換えてみると、
人は家の中で具体的な行為を
朝から朝まで行います。
抽象的な空間を創るのではなく、
生活の事実をしっかりとイメージして設計を行う
必要があるだろうと思います。
5、時間の流れに耐える
そしてまた家は風雪や災害だけではなく
時間の流れに耐えていかなくてはなりません。
そのためには「普遍的」なかたちと言うと
すこし大げさですが、
風景に調和し、やさしく人間を包み込むような家が
いいのではないかと思います。
古い民家の再生を通して学んだことです。
6、居場所を創る
家が人間を窮屈にしてしまうと、
家が時間の流れに耐えられません。
具体的に、家族の動きをイメージし、
居場所を創ることが大切だと思います。
素材に身体が触れる場所も用意することも必要です。
そして、「あーここに居るととても気持ちがいい」って。
7、空間の秩序を骨格に与える
風景と生活のありようと、
そして居場所から生まれる空間に
「凛とした秩序」を与えて、
それが構造に昇華していけないかと思います。
8、空に近く、土に近く
美しい山並みの風景という空を楽しむために
2階をリビングに、
地面の植物や菜園を楽しむために
農家のような間取りを1階に、
京都の町家の通り庭のような土間を設け
農作業に便利なように。
9、自然素材で家をつくる。
森びとの会が貫いている手法が
循環の家でも貫かれる。

以上が「循環の家」のコンセプトです。
日影アトリエの日常的なコンセプトでもあることが
ここで整理してみてあらためて気がつきました。