2010 年 9 月 6 日

「南側正面」
間取りや断面そして概略の構造の検討を終えると、
模型を作り、佇まいのバランスをチェックします。屋根の
かたちや間取り、そして構造から決定された断面寸法が、
家の美しさを決定します。

「南東側から見る」
屋根の勾配の決定は、様々な要素から考えましたが、
その要素のひとつとして、信州の民家の板葺き屋根の
勾配からヒントを得ました。信州の板葺き民家の屋根勾
配は三寸から三寸五分勾配とされており循環の家では、
三寸勾配としています。
循環の家に「地域性」を与えました。
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2010 年 9 月 6 日

「東側立面」
開口部は、風景を切り取る大切な要素ですが、架構(構
造)を乱さぬように慎重に位置を考えました。かといって、
構造に束縛されながらも、ただ漠然と大きさを決定した
窓はひとつもなく、
どの場所も「意味のある窓辺」としています。

「北東側から見る」
北側の道から見ると低い下屋がとりついています。
内部の機能から生まれた下屋ですが、
道に対して低い軒先は、
優しい佇まいを感じさせ、雨宿りをするためにも便利です。
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2010 年 9 月 6 日

「北側立面」
水平線を強調した屋根の形。日本の屋根の最も素朴な
かたち。
屋根のかたちを複雑にすることには抵抗があります。
日本は雨の多い国。雨水をなるべく早く逃がすことが、
大切ではないかと考えています。間取りが複雑になると
構造も複雑になり、そして屋根も複雑になります。
どこまでシンプルにできるかが設計の勝負どころです。

「北西から見る」
北側の下屋を西側に伸ばしています。この伸ばした下屋
の下にペレットボイラーの機械が置かれます。
この下屋を「西側に増築を予感させる屋根」と名づけました。

「西側立面」
この模型は縮尺1:100で作りました。
プロポーションをチェックするには小さすぎるスケールです。
その後、倍の大きさの模型を作り、プロポーションをチェック
しました。
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2010 年 9 月 6 日

「内部空間」
この模型には家具を書きこみ、空間の連続性や家の
心地良さをチェックし、デフの大井社長に見てもらいました。

「内部空間」
この段階での図面は、まだ基本設計の段階です。
この後に詳細設計に入っていきます。
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2010 年 8 月 19 日

「風景に呼応する架構(フレーム)」
家が立つ場所を鳥の目から見るように俯瞰すると、
その場所の特性がちがう視点で見えてくる時がある。
この広域の風景の中に打たれる小さな楔(くさび)のように、
循環の家の骨格は時間の流れに風化しないものであって
ほしいと思った。

「1階間取りのスケッチ」
道や車からのアプローチを、
農家や京都の町屋のような土間が受け入れ、
そのまま南の畑に通り抜けられるように。
土間では人々が薪ストーブのまわりに集い、
語り合ったり食事をしたり・・・。
土間に面する板の間は農家の広間のようなイメージ。
寝転がったり、お酒やお茶を飲んだり・・・。
その広間の向こうには静かな畳の間が控える。
炉が切られ、床の間がさりげなく用意されている。
池を眺めながらお茶を一服。
1階も視界が180度広がるけれど、
どちらかといえば、小川の向こうに田んぼが連なり、
地面を這うように視界が遠くに広がっていってほしい。

「2階間取りのスケッチ」
1階の土間からやや閉鎖的な北側の階段を登ると、
美しい風景が、劇的に目の前に広がるような演出を、
さりげなくできないだろうか。
調理をしていても、食卓に居ても、床に座っていても、
お風呂に入っていても、朝、歯ブラシをしていても、
「窓辺」に切り取られた風景がいつもそこにある。
風景に包まれたあたたかい部屋が宙に浮かんでいるように。

「外観のスケッチ」
とても大きく雄大な風景の中には、
作り手の作為性はあまりなじまないだろう。
完成した時はやや目立つかもしれないが、
周囲の緑が育っていって、時間が経過して行ったときに、
風景に埋没してしまうほどに(人々が気がつかないほどに)、
普遍的なかたちが理想的だ。

「断面のスケッチ」
循環の家は断面のイメージがとても重要だった。
最初に描いたイメージスケッチは断面だったと思う。
緩やかにおおきく広大にひろがる田園風景。
その向こうに見える八ヶ岳や甲斐駒ケ岳。
地面を強く意識し、
パノラマの絵のように広がる美しい山並みを室内に
とりいれたい。
風景に開き、おおらかにのびやかに。
そう・・「1階は土に近く、2階は空に近く」という言葉が、
断面のスケッチの下に書かれた。
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2010 年 3 月 10 日
ある新聞で時間の感覚について興味深い
記事を読みました。
循環の家のコンセプトに通じるものを感じま
したので、ここで紹介してみたいと思います。
1、インド哲学や仏教の輪廻の思想
原始的な共同社会では、時間は太陽の
動き、季節の循環のように「繰り返す」
もので「時がたつ」という感覚がなかった
と言われています。
インドやギリシャ文明では、時間を「円」
のように回るものと、とらえられていました。

「円相」:禅僧が禅の思想を端的に示す
手段として描く円。
時間が循環であることを示す図形。
2、キリスト教や近代西欧文明の時間の感覚
時間は右肩上りの線分のイメージでとらえら
れています。旧約聖書にある「天地創造」に
よって世界は始まり、「終末」によって歴史は
終わるという考え方です。この始まりから
終わりに向かって一方向に流れる時間、
これが現代人の時間感覚の基本にあります。
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2010 年 3 月 9 日
「循環の家」はどのような家がいいのだろうか。
長年設計をしてきましたが、必ずそこには家族の顔がありました。
今回は、アトリエデフのモデルハウス。
具体的な家族の顔が見えません。
よって生まれてくる間取りも空間の質も雲をつかむようでした。
なかなかスケッチブックに鉛筆を落とせない。
そんな悶々とした時間が過ぎていきました。
このロダン・オーギュストの「考える人」のように。

1、集まる。集う(つどう)。
具体的な家族が見えないなら、アトリエデフのスタッフや
デフに集まってくる人々を大きな「家族」に
例えたらどうだろう。と考えました。
そう思った瞬間からアラジンの魔法のランプのように、
イメージがわいて出てきました。
そして以下のようなコンセプトを考え整理しました。

民家の間取り
民家は「家族がだんらんする」というよりも農作業を
行う大きな小屋であった。もともとは板の間も畳の間もなく
土のままであったのだろう。
やはりここでも特定の家族という意識は弱く、
「近隣の人達が集まって作業する場所」であったのでは
ないかと考えられます。
2、「たおやかな家」であること
大井みのりさんから頂いた「循環の家」のイメージの言葉
3、「時間」という「循環」
僕が思う「循環」とは時間です。
朝が来て昼になり夜になりまた朝が来る。
この当たりまえのことが繰り返されます。
人だけではなく鳥や虫にも、
地球全体で同じように繰り返されます。
これに気がつくと、
すごく偉大なことのように思えます。
4、日常を見つめる
この時間の流れをを家に置き換えてみると、
人は家の中で具体的な行為を
朝から朝まで行います。
抽象的な空間を創るのではなく、
生活の事実をしっかりとイメージして設計を行う
必要があるだろうと思います。
5、時間の流れに耐える
そしてまた家は風雪や災害だけではなく
時間の流れに耐えていかなくてはなりません。
そのためには「普遍的」なかたちと言うと
すこし大げさですが、
風景に調和し、やさしく人間を包み込むような家が
いいのではないかと思います。
古い民家の再生を通して学んだことです。
6、居場所を創る
家が人間を窮屈にしてしまうと、
家が時間の流れに耐えられません。
具体的に、家族の動きをイメージし、
居場所を創ることが大切だと思います。
素材に身体が触れる場所も用意することも必要です。
そして、「あーここに居るととても気持ちがいい」って。
7、空間の秩序を骨格に与える
風景と生活のありようと、
そして居場所から生まれる空間に
「凛とした秩序」を与えて、
それが構造に昇華していけないかと思います。
8、空に近く、土に近く
美しい山並みの風景という空を楽しむために
2階をリビングに、
地面の植物や菜園を楽しむために
農家のような間取りを1階に、
京都の町家の通り庭のような土間を設け
農作業に便利なように。
9、自然素材で家をつくる。
森びとの会が貫いている手法が
循環の家でも貫かれる。
以上が「循環の家」のコンセプトです。
日影アトリエの日常的なコンセプトでもあることが
ここで整理してみてあらためて気がつきました。
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2010 年 2 月 17 日

「循環の家」から
それぞれがイメージすることに耳をかたむけていると
それぞれのイメージが少しずつ異なっている。
それは当然のことだ。
同じ人間がひとつとしていないように
感じ取る想いもそれぞれにちがっていたほうが
豊かなように僕は思う。
(上の写真は「水と生命の惑星・地球」
財団法人 地球科学技術総合推進機構発行より出典)

11、普遍的
自然のしくみに沿った普遍的なもの。
「もの」の中には
素材、動線、光、風、エネルギー、空気、水、植物、鉱物
愛
最後の「愛」がなければ循環は成り立たない。
家族愛、夫婦愛、親子の愛、兄弟の愛、
いろんな愛があって100年も200年もその家は守り続けられる。
その愛がないとその家は絶えてしまう。
その時「循環」は終わる。
その愛を産むのはその家が
「心地良くしあわせを感じる家であること」である。
12、受け継ぐ
その家を次の代へと受け継ぐ事ができる家であること、
家族の存在がわかる家であること、
良い事も悪い事も家族が教えてあげられる家(空間)であること、
外部(近所)からも顔のわかる家であること。
13、つなげる
廃棄のない家、始まりも終わりもない家。
全体であり、部分である存在。
周辺環境といろいろな面で関連している家。
角がない家、全体的に丸みのある家。
生命力を感じ、
動物や植物など一つとして同じものが無い有機的なイメージの家。
自然環境と住環境を隔てる存在だった「家」が、
自然環境と住環境をつなげる存在の「家」になること。
14、繰り返す
限りあるものを使い、使ったものがまた、
その土地の環境に負担をかけない状態で
そこにある菌や生物や環境が
自然な状態で朽ち、そしてまた芽をだし生まれ育つこと。
そんな一連の流れが、可能な限り繰り返すこと。
15、山とつながる
その家で使うエネルギー、消費財が
一方的に外部から供給され、一方的に消費するだけではなく、
使ったエネルギーとその結果排出されたもの(ゴミ)が
有効利用され循環する家。
建ててからも山とつながっている家であること。
16、命のバトン
絶えることのない
尽きない
すみずみまで行き渡った・・・
小さな単位で言うと毎日細胞が生まれ変わり、
体の中でも色んなものが循環し命が維持されている
大昔から先祖の命のバトンを受け継いでいて
それと同じことが地球環境の中でも長年において繋がっている
その営みを自分の世代で途絶えさせてはいけない。が、
現実は人間が生きていること自体
大きな負担をかけているのだろうと思うので
なるべく地球環境に負担をかけない家に住み
なるべく負担をかけない暮らしをしていく・・・
そのような謙虚な気持ちを持って暮らすことの中に
意味を感じます。
17、生きる
血液の循環。
生きている体=家であること。
住まい手が住むことで、
本当の意味での家が成り立ち、循環の家が始まると思う。
住まい手が暮らし、成長し、世代が交代すること。
物体として循環の家のシステムを構築する上で、
必要なのは、人だと思います。
18、正しい循環
太陽、植物、光合成、酸素、土壌、土、水、実り、摂取、
生きる、生かされる、戻す、きれいに、
摂理にそって、死ぬ、栄養となる
循環して成り立つ自然
そこに生きる人間、動物
人間だけが地球上の生物でない
正しく循環させること。
19、自然の理に沿う
自然の理に沿って生きる術、それを提案する場が「循環の家」
パーマカルチャー:Soil Design
設計:日影良孝建築アトリエ
施工:アトリエDEF
この三者がお互い調和し合い
今回の建築に関わる
すべての人の間に循環する互いを思い合う心が
この「循環の家」を完全な調和、
つまり愛そのものへと近づける
人は本来美しいものである。
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2010 年 2 月 13 日

「循環の家」という言葉から何がイメージできるだろうか。
おそらく一人一人ちがうだろう。
設計のヒントを見つけるために
アトリエデフのスタッフ18名と日影アトリエのスタッフ1名に
「循環の家」という言葉から何をイメージできるのかを、
アンケートをとってみることにしました。
ここでそのアンケートを紹介してみようかと思います。
全文掲載することは不可能なので、僕の編集で文章を抜粋し
表題をつけ彼らの言葉を重ねてみました。
(上の写真はニュートン別冊「よくわかる地球の科学」からの出典です。
下の地球の写真は「不都合な真実」の表紙からの出典です)

1.宇宙
循環とは?
生命の循環。
人はナゼ生まれてきて、死んでいくのか?
地球はナゼ生まれてきて、死んで?いくのか?
宇宙は・・
人が生まれてくること自体が環境破壊?
地球はナゼ生物を必要としたか?
ナゼ人がつくられたのか?
急激に地球を破壊する人間がナゼいるのか?
必要だったのか?
そもそも地球は宇宙にとって必要なものなのか?
その先にとって、宇宙は必要なのか?
2.自然という大きな流れ
私の循環の家のイメージは、
自然という大きな流れの一部となる家です。
自然と共に暮らす。人も自然の一部。
自然に近い位置で、自然を取り入れながらゆっくり
暮らせる優しい家になってほしいです。
そして
土に還る素材、国産材、山を守り、水を守る。
職人の技を守り伝え、作家の手作りのあたたかさを大切にしたい。
風景の一部になる世代から世代へと受け継がれていくことの出来るデザイン。
有害な化学物質を使用しない、製造過程・成分を確認した素材を使用し
厳しい検査とチェックをおこなう。
3.春夏秋冬
空気がめぐる、風がめぐる
山の木が家へ、そしていつかは土に戻る
春夏秋冬 季節が巡る
次の世代へ、また次の世代へ住み継ぐこと
自然と一緒に生活していく。自然なしではありえない。
その地域の春夏秋冬に適した家、
4.場所
循環の家が、暮らしや家造りを提案する場であること、
循環の家に関わる人々の思想や行動が、
正しく伝わっていくこと、つながっていくこと、受け継いでいくこと、
これらが循環していく場所になればと願っています。
5.家族の中心
その家族(何世代にもわたって)の中心・核であり、
空気や水・近所にある大きな大木のように存在し、
それ自体は主張することなく、
気がつけば
安心できるよりどころとして存在しているもの。
そうすることにより、永く住み継がれる家(家族)として存在する。
循環の家が朽ちた時に自然に還るのは当然として、
第一にその家族にとって住みよい家、自然、風土、社会から護ってくれる、
落ち着けて安心できる空間、
それを基本と考えて、
第二に自然と家の調和を考える。
そうすることにより
自然に対しても家族に対しても循環の家として存在できると思う。
6.住み心地
循環とは
そこに住む人の流れをイメージすることができると思います。
何世代にも渡り住むことに対応できるようなフレキシブルな住まい。
そこに住む人のライフスタイルに合わせ、家自身も変化し、
循環することに対応できるような
住まい・家の造り方・素材であるべきだと感じます。
そこに住む人、
あるいはこの先住む人に対しても住み心地の良い空間を提供すること。
あまり懲りすぎた家ではなく、
そこに住む人なりの要望に答える事のできるような
フレキシブルな作りの家。
7.発見
家が人だったらそこに住む人は血液。
家とそこに住む人は切っても切れない関係。
定期的に泊まり掃除をしたりする中で、家のいろいろな暮らし方を探していく。
掃除などの具体的な行為で循環の家から新しい何かを発見をする。
8.綺麗
世代を超えた家。
劣化するほどに綺麗な家。
9.昔の家のように
環境に負荷がなく、無駄に捨てるものがなく、
太陽、水、土、木、風、石など自然界に存在するものを有効かつ効率よく利用し、
そこに人が住むことにより循環の家の循環の機能が
ぐるぐる回り始め永久に繰り返す住まい。
高機能なものを設備した家ではなく本当に昔の家の生活にたどり着くような家。
10.全て土に還る
使用する素材やエネルギーは全て土に還るものでなくてはならない。
地球という大地からつくられる自然の素材をお借りして
また大地にもどさなくてはならない。
職人の技術を継承できるような工法をたくさん取り入れ、
自然にある素材やエネルギーを当たり前に使うことで、
本当の家での循環の家が完成するのではないかと考えます。

次回に続く
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2010 年 2 月 5 日

夜の青い闇の林の向こうに八ヶ岳が見えます。
満月が浮かんでいます。
設計に着手してから間もなく、
アトリエデフの大井みのりさんから
循環の家のイメージをあらわす手紙が届きました。
たおやかな家という題名の手紙でした。

たおやかな家
女性らしさと男性らしさが融合した美しさ
バランスのとれた、調和のとれた家
女性らしさ
しなやかで やさしい やわらかい
一方でとても合理的、機能的
男性らしさ
大きく包み込む頼もしさ 立ち姿の格好の良さ
住宅を建てるということは、ときに
とても私的で、個に執着することである気がします。
今回のモデルハウスは、幸いなことに特定の個にこだわる
条件下にありません。
我、私、個というものを限りなく削ぎ落とし、
相手を思いやる心、あるがままを受け容れること、
愛、いのちの営み、などといった
普遍的なもののあたたかさ、やわらかさ、おおらかさが
自ず然る家にできたらすばらしいと思います。
それは、私自身の生きるテーマであり、課題でもあります。
この家づくりにかかわるすべての人に
笑顔をもたらし、喜びに溢れて進むことを常に祈ります。
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