遺産相続。

2014.4.14 mon

遺産相続。

一昨日法事があり、62歳で亡くなった
叔父の写真を久しぶりに見ました。

大勢いる母の兄弟姉妹の中で
札幌の実家から上京したのは、
結婚を機に東京へ来た母と
東京の大学に入った叔父の2人だけだったので、
私にとってその叔父はいちばん馴染みのある親戚で、
歳の離れた兄のような存在でした。

叔父が結婚したときも、一時期は月に一度は
必ず新婚の叔父の家に一人で泊まりに行き、
実家とは違う味のごはんをごちそうになり、
若いカップルの会話をBGMにゴロゴロしたり、
実家ではご法度の深夜番組を一緒に見たり。

小学生だった私には、ふだんとは違う
自由な時間を過ごせる毎回楽しみなお泊りでしたが、
今思えば、よく受け入れてくれたなぁ…と
自分や母の図々しさに苦笑しながら、
感謝の気持ちでいっぱいになります。

私に最初に
アルファベットのリアルな発音を教えてくれたのも、
その叔父でした。

あれは確か、学校で英語を習い始める
中学校の入学式を控えた春休みのこと。

「みづほは、AからZまでちゃんと発音できるか？」

と尋ねられ、私が発音してみせると、

「それじゃ全然ダメだ。
　オレが正しい発音を教えてやるから、
　後について発音してごらん」

と言って、AからZまで一語一語ゆっくりと、
何度もくり返し、発音を仕込まれたのです。

未知とのリアルな遭遇を一対一で体感するその講義は
その他大勢の一人として受ける学校の授業とは全く違い、
自分の中から新しい力がグイグイ引き出されるような
ワクワクとドキドキに満ちていました。

Bは止めた息を両唇から噴き出すように発音するけれど、
それとよく似た音に聞こえるVは、軽く噛んだ下唇を
お腹から吐く息とともに前に滑らせて発音すること。

Fの発音は、下唇を噛んで終わること。
MとNの息づかいの違い、
LとRの舌づかいの違い、
TとTHの発音の違い……

顔や全身を使った発声練習のような
その約一時間のプライベートレッスンは
私の体に一語一語の尊厳のようなものを焼きつけ、
そんな大切な一語一語の組み合わせである言葉を
話すことの喜びを、体感させてくれました。

その後、私が英語を学ぶ短大に進んだのも、
世界の旅に踏み出したのも、源をたどれば
あのレッスンに行き着くかもしれないなぁ…

そう思い出しながら、
写真の中の叔父に手を合わせました。

「この世は生者だけのものじゃない」

というのが、ウチの相方の口癖の一つなのですが、
考えてみれば本当に、現在のほとんどのものごとは、
今は亡き人々や、今はなき様々な命からの
遺産で成り立っていて、

だから英語では「現在」のことを、
「プレゼント」と言うのかもしれません。

2014年4月14日・月曜日