2014.4.27 sun

風しもの村。

昨日、
リニューアルした「さっぽろ自由学校・遊」のオープニング企画
“貝原浩が遺したチェルノブイリ・スケッチ「風しもの村」原画展”
に行ってきました。

こだま (1)

こだま (6)

こだま (7)

こだま (8)

こだま (5)

上記は、私が会場で写した写真です。
そう、なんとこの原画展は撮影フリー。

しかも 作品は額に入っておらず、
生々しい筆のタッチや紙の味わいを通して、
描き手の息づかいがダイレクトに胸に迫ってきます。

こんな展覧会、見たことない!
ほんとうに感動しました。
(モノクロだけでなく、カラフルな絵もたくさんありました)
 

なんと、今日4月27日(日)の10:00〜20:00までで
札幌での今回の展示はおしまいだそうですが、
地下鉄大通り駅からすぐの便利の場所なので、
お時間の許す方は、ぜひぜひ足を運んでみてください!

・4月27日(日)10:00〜20:00
・札幌市中央区南1条西5丁目 愛生舘ビル2階207
 (市電通り沿い、東急ハンズに向かって左手の並び、
  3月まで自由学校「遊」があったフロアです)

・主催&問合せ:NPO法人自由学校「遊」
 電話:011-252-6752
・入場無料
・「風しもの村」画文集を販売しています(¥2800)
・カフェコーナーと古本市もあります。
 フォアトレードオーガニックコーヒー¥100
 おいしい手づくりパウンドケーキ¥100など
・古本市はカンパ方式
 (自由学校遊に深く関わられていた故・越田さんの蔵書や、
  興味深い社会派の本がたくさんありましたよ)


額に入れないことも、撮影フリーなことも、
最初は原画を自分の管理外の場所で公開することを拒んでいた
貝原さんの奥様が、3・11の福島原発事故のあと意を決し、
貝原さんの想いを多くの人々に届けるために
このような前代未聞の形で公開することにしたのだとか。

貝原さんは、チェルノブイリ原発事故のあと、
汚染されたベラルーシ共和国の小さな村の生活を描いた
美しいドキュメンタリー映画「ナージャの村」や「アレクセイと泉
の監督であり写真家の本橋成一さんとともに
チェルノブイリの“風しもの村”を訪れた画家。

一つ一つの作品から、貝原さんの温かなまざなしを通して
この村の息吹がリアルに伝わってきます。

こだま (4)

こだま (3)

最後に、
札幌の文化の発信地のひとつである 
自由学校「遊」を立ち上げた花崎皋平さんが書いた詩を
ご紹介します。

原画展を見れない方は、この美しい画集を、
ぜひ、書店や図書館で手にとって
ごらんになってみてください。

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風しもの村 貝原浩の画文集に寄せて   
花崎皋平

風が吹くところ 風しもはどこにもできる
でも ここは特別 

一九八六年四月二六日 
ウクライナのチェルノブイリ原発が爆発し
風しもの隣国ベラルーシ チェチェルスク村は
放射能で汚染され 
人が住んではいけない村とされた
何ごともなく暮らしていたのに

その村に住み続け 行政の指導に従わない人たちは
サマショーロ(わがままな人)と呼ばれている
辞書を引いてみたがサマショーロは出てこない
サマボーリヌイ わがまま というのがあった
サマは自分自身 ボーリヌイは 
自由な 規則に縛られないという意味

チェルノブイリの原発は 
生きたままコンクリートの石棺に横たわり
呪いの火を放っている神だ 
焼かれているのは 核をもてあそぶ科学技術の営み

一九九二年 日本人の画家が村を訪ね 
スケッチをし 画文集をだした 
描かれた村人たちを眺めていると 
そのシンプルな暮らしが慕わしい 
呪いのかかった村なのに

表紙には子どもたち 老若の女たち 
裏表紙には黒々と巨大な原発
中表紙は小麦畑が広がり 
かぐろい林が地平線を区切っている

画家は 絵の左上にこう書いている

「埋葬の村を左右に見ている
 黄金の秋がこの畑にも寄せている
 違うのは たわわな実をつけたこの小麦が
 刈られることはないということだ
 こんな年月の繰り返しを数えて十四年の秋だ」

見開きの最初の絵は おばあさんたち
外套を着て スカーフを巻き 遠くをじっと見つめている 
おだやかだが 風雪に皺が刻まれた顔
足には重たそうなゴム長靴
ラーゲリに入れられた人たちも 
こんな姿をしていたのではなかったか

でも彼らは自らの意志でこの地で生きることをえらんだ
花を抱き 大きな眸を見開いている若い女性
中年、老年の農民たちは 腰を下ろし 杖をつき
両脇ににわとりを抱いたおばさんが ほほえんでいる

子どもたちもいる でも あの林に入ってはだめ
この川に入ってはだめ 森のキノコを採ってはだめ
少女たちは しゃれたバンダナ 赤いスカーフ
アコーデオンを弾く若者 放射能が徘徊している村で

風景を見てみよう 
林が村を取り巻き そのかなたに日が沈む
なだらかに広がる丘の上に 
十数本の 葉を落とした木が残っている
ひょろりとして てっぺんに枝がまばら 
さびしい木立だ

ドニエプル川の支流の一つが 
村を貫いて黒海へと流れている
取り壊された家の敷地にペチカの残骸だけが立っていた

村人は暮らし続けている
馬を使って耕し 牛や豚を飼い 子を産み
野菜を作り キノコを採り 歌をうたい 踊りをたのしみ
おやじさんは素っ裸で 
焼いた石に水を掛ける手づくりのサウナの床に
寝ころんでいる

夏の食卓は 畑の幸でいっぱい
リンゴ キュウリ トマト ジャガイモ キノコ 卵 
バター チーズ 川魚 塩漬けの豚肉
そして自家製のウオッカ サマゴン

共産主義時代の方がよかったという 
テレビで レポーターが訪ねた
ウクライナの村の農民たちもそういっていた

昔は隣近所の助け合いがあった 
今はお互いに無関心
変わらない暮らしをのぞむ人たちには
競争と発展の新自由主義経済は 好ましくない

いのちの長さとその質
いつ どこで 生きるか 
なにを 求めるか

選べないことがあり 
選べることがある

ただいちどかぎりの
短い時間を過ごすあいだにも


2014円年4月27日・日曜日